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Author:youko03
ある日、突然、不思議な世界に迷い込んでしまいました。今は、その目に見えない世界を通じて、多くの人々の悩みを解決しようと試みています。毎日起こる不可思議な出来事を「私らしく」お伝えしたいと思います。


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■ はじめに ■

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ツイッターのまとめ 第2弾

「イジメる人とイジメられるひと」


いじめる側はそのほとんどが精神障害を患っています。

自己中心的です。社会性を欠いています。

普通の人は彼らの態度にのまれ、

何も出来ずに見てみぬ振りをするしかない無力さを思い知らされます。

狂気に対してどのように対処したら良いのかわからないのです。


社会には、必ず異常者が紛れ込んでいます。

これは真実です。

異常者と話し合ってもお互いを理解することは出来ません。

異常者から逃げる・離れるのが第一です。

そのあとなら、事実に基づいて誰かに相談することも可能です。



学校や会社、家族の中に異常者がいる場合、

異常者と関わったがために精神障害を患った事実があるなら、

自分の社会的貢献力を傷つけられたという社会的損失を考えるなら、

かなりの金額に相当するでしょう。

事実はお金と関わっています。



異常者と関わったけれど、お金が絡んでいない場合は、

事実という捉え方はされにくく、真実であっても事実ではない、

と判断されやすいものです。


つまり、当事者(いじめられた側)が、

いじめられたことでどれだけの損失を受けたかということを実証しなければ

事実とみなされないのです。

つまり、周囲の人は「真実」を語ることは出来ても「事実」を語ることは出来ないのです。


いじめられている人は、いじめる人の要望に応えるのではなく、

自分のことを大切に思う人の気持ちにどうすれば応えられるのかを考えること。

そういう人がいない場合は、自分を大切に考えることです。





人や動物が苦しんでいるのを見ると同じように苦しいと感じる人。

あなたのような人が平和な世界をつくります。




いじめる側は、人が苦しむのを見るのが快感なのでしょう。

相手の立場にたって考えるよりも、自分の快感を優先したいんでしょう。

人が苦しむのを見て、同じように苦しみを感じる人は幸せです。

人が苦しむのを見て快感を覚える人を野放しにするのは危険です。



ヒトを動物として見るのなら、善悪なんて存在しない。

いじめだって動物学的に考えたら

ストレスがかかった動物が弱い動物をいじめるなんてよくあること。

自然の摂理。

でも、社会学的にみたらいじめは悪いこと。


 
一部、ツイートをまとめてみました。

まず、第一弾 「お姫様になりたい人へ」



映画「魔法にかけられて」観ました。

私、あまりこういう類の映画を観ないのですが「コメディ?」と軽い気持ちでみたら、

ものすごくお姫様気分にさせられてしまいました。

女の子は、お姫様気分になると厄介です。

「家事は魔法がしてくれる」とか「王子様は現れる」とか、

現実をみるのが嫌になります。



お姫様になりたい病の女の子は、

「王子様と出会って結婚したら、毎日、王子様と楽しく遊びたい。

家事は召使がしてくれる」というような夢を見ます。

このままほうっておくと、怠慢で横柄でわがままな大人に成長してしまうかも??




子供には、お姫様物語を見せるより

日本の御伽噺の「悪いおじいさんは酷い目にあい、善いおじいさんは幸せになる」

というような話を見せるほうが良いと、私は思います。


お姫様を夢見る人には、マリーアントワネットの話をするのも良いかも。

「マリーというお姫様は、毎日楽しく遊んで暮らしてました。

でも、そんなときに町人たちは貧しい暮らしをしていました。

彼女は罰が下って、処刑されました」と。





周囲の人が不幸なのに、

あなただけ楽しく暮らすことは出来ないんです。

周囲の人も幸せにならないと楽しく暮らすことは出来ないんです。




 
最近、ツイッターにはたくさん書き込んでるんだけど、、、

そのかわり、ブログのペースが遅くなってきた、、、、。

すみません。


ツイッターにもいろんなこと書いてるので、

「海野洋子」ツイッター で検索してみてください(^o^)







 
自信のない人は、自信がないことを隠す必要はありません。

自信のある人は、自信があることを隠す必要はありません。

どんな弱点も、隠そうとする必要はありません。



弱点を隠さないと不幸になるのでしょうか?

弱点を隠さないと負けてしまうのでしょうか?

弱点を隠さないと死んでしまうのでしょうか?

弱点を隠さないと敵に弱点を攻撃されるのでしょうか?



弱点を隠すのは、

周囲を敵だと感じているときです。

防衛本能が働くときです。



でも、弱点を隠すと、かえって弱点を相手に教えているようなものです。

弱点の部分をオープンにしていれば、

相手は、どこに弱点があるのかわからないでしょう。



自信がないことが弱点なら、

「私、自信がない」と言ってるほうが、

周囲の人も「うん。私も」と言ってくれるでしょう。

自信がないことを隠そうとして、

横柄な態度をとるほうが、不自然です。

「そんなに自信があるなら、すれば?」と、

逆に攻撃されるでしょう。

攻撃されるのがいやだから、その前に、

「あなたがやりなさいよ」と、横柄な態度をとることもあるでしょう。




どちらにしてもトラブルになるでしょう。


 

あなたの耳元で囁く悪魔の声は、本当に存在します。


その声は、とても巧妙にあなたの弱点をついてきます。

そして、トラブルを起こそうとします。

その声の言いなりになると、

あなたは、とても幼稚な考え方(表現)をするようになります。



あなたの弱点の近くに、その声は存在するのです。



たとえば、あなたの弱点が「自信がないこと」だとすると、

その声は、あなたにこう言います。

「自信を持ってるフリをしたらいいんだよ」と。

「誰も自信を持ってるヤツなんていないんだから、

自信を持ってるフリをすればいい。」


その声は、さも正しいかのように聞こえます。


そこで、あなたは自信を持っているフリ、、、

偉そうな態度や横柄な態度をとるようになるのです。


そうして、周囲とトラブルのです。




また逆に、「自信がある」ことが弱点の場合、

声は、「私は何もできない」と囁きます。

「自信があることを人に見せたらいけない。

何も出来ないフリをしたらいい」と。


その声は、さも正しいかのように聞こえます。


そこで、あなたは何も出来ないフリ、、、、

気弱な態度や不器用な態度をとるようになるのです。


そうして、周囲とトラブルのです。





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