FC2ブログ

プロフィール

youko03

Author:youko03
ある日、突然、不思議な世界に迷い込んでしまいました。今は、その目に見えない世界を通じて、多くの人々の悩みを解決しようと試みています。毎日起こる不可思議な出来事を「私らしく」お伝えしたいと思います。


最新記事


カレンダー

04 | 2012/05 | 06
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

カテゴリ


月別アーカイブ


最新コメント


最新トラックバック


■ はじめに ■

「愛の伝言 心迷うあなたへ」6月刊行。
ただ今好評発売中です。

悩みごとのある方、人生ってなんだろう?と思っている方にオススメです。
読んでいただけると、とてもうれしいです!
 
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
 
この世は何一つ確かなものはなく、すべてが曖昧である。

本当にそうでしょうか?



善悪は間違いなく存在する。

質の良いもの・悪いものがある。

美しいものと醜いものが存在する。



そういうふうに、物事を判断することは間違っているのでしょうか?




善悪の基準は人によって違う。

質の良い・悪いも好みによる。

美しい醜いも好みによる。


と、いうふうに言ってしまうことは簡単です。

でも、これでは、何の答えも得られず、すべては曖昧で不確かで、

何を信じれば、どこへ向かえば良いのかわからなくなります。




どこまでが善でどこからが悪なのか。

どこからが質が高くて、どこからが質が悪いのか。

どこからが美しく、どこからが醜いのか、、、。




私たちの肉体は、精子と卵子が結合して細胞分裂をおこし、

すこしずつ人の肉体に成長します。


精子と卵子の状態は、まだ肉体があるとはいえません。

でも、精子と卵子が結合して細胞分裂が始まった段階で、

肉体は存在しはじめた。

と、いっても嘘ではないと思います。



このように無から有になる瞬間は存在します。



醜いものから美しいものへと変化する瞬間は存在します。

醜さへ向かっているベクトルが美しさへと向かうベクトルへと変化したときです。


善悪も同じです。

悪意へと気持ちが向かっていたのが、

善意へと気持ちが切り替わった瞬間です。


曖昧なものが確かなものへと変化する瞬間も同じです。

曖昧な気持ちのベクトルが、

確かな気持ちのベクトルへと切り替わった瞬間です。




たとえば、戦争は、人を殺します。

これは悪です。

でも、戦争によって、侵略の手から領土を守るとすれば、

これは善です。


『領土を守ること』 と 『人を殺すこと』

を天秤にかけたとき、

どちらのほうがより強烈であるかというと、

『人を殺すこと(悪)』です。



ですので、戦争は『悪』だと判断できます。

(人によっては必然悪だという人もいます)


すべてが曖昧であるという理論でいくと、

戦争は善でも悪でもない。

悪だと思う人には悪だし、善だと思う人には善。

でも、両方の価値観が存在する限り、

『曖昧』なのだ、と。いうふうになります。



でも、実際に、「戦争をしてほしい」、と願う人はどれだけいるでしょうか?

戦争は社会的に好まれているでしょうか?

「人殺しが受け入れられる世の中」を望んでいる人は、

どれだけいるでしょうか?



戦争をなくして欲しい、人殺しのいない世の中になってほしい。

そう願う人がほとんどなのではないでしょうか?

だからこそ、戦争のない世界・人殺しのない世界を、

人々はつくろうと努力するのです。




つまり、すべては曖昧である、と考えるよりも、

すべては、はっきりと分かれている、と考えたほうが、

人類は進化できるということは間違いありません。


スポンサーサイト
 
前記事の続きですが、

あなたから見ればより良いものを求めた結果が、

相手から見ると、より悪い状況となる場合は、

これも罪です。



たとえば、あなたが質の良い男性(女性)を求めていたとします。

でも、相手からすると、あなたと付き合うことが質を落とす場合は、

あなたとの交際は、相手に罪を犯させることになります。



質の良い男性(女性)を求める場合は、

相手と同じくらい自分の質を高める必要があります。



そうすることで、あなた自身が進化するのです。





 
人は、罪を犯します。

生まれてから一度も罪を犯したことはない、という人はいないと思います。



心は罪を犯しません。

罪を犯すのは、偏った思考・嗜好です。


人は、進化のために、より良いものを求めます。

よりクオリティーの高いものを求めます。


より良いものを求めることは進化に必要なことであり、

そこに罪は存在しません。


罪は、より質の悪いものを求めたときに生じます。

今、あなたのそばにいる人や、環境よりも、

質の悪いものを求めて行動に移すと、

それが罪になるのです。



たとえば、わかりやすくたとえると、

あなたの結婚生活がほぼ破綻していて、

より質の良い環境を作るための離婚や、

より質の良い相手選びは罪にはなりません。



けれど、あなたの結婚生活よりも質の悪い環境を作るのであれば、

それは罪になります。

たとえば、配偶者よりも質の悪い相手との不倫、、、です。



進化は人類の使命ともいえます。

その使命から反するものは、罪となるのです。



より良い状況を求めることです。

決して、より悪い状況を求めてはいけません。

何が良くて悪いかの基準は、

より社会に好まれることやより人々に受け入れらることが良いことです。

より社会に嫌われることやより人々にうけいれられないことは悪いことです。

(もっとわかりやすくいうと、人に隠さねばならないこと、

言えないこと、誰かにばれると危険なことは罪です。)


 

「心 真 澄」

心に嘘偽りがなく真であれば、

晴れやかな気持ちになり、物事の道筋がはっきりと見えるであろう。




今日、ご相談にこられた方は、

私と同じように「見える人」でした。

見えるといっても、彼女に見えるのは、文字。

人を見ると、文字が浮かんでくることがあるそうです。



彼女Aさんは、私のHPの写真を見て、

「澄」という文字が浮かんだそうです。

Aさん 「でも、本当は3文字浮かんだんですが、

     3文字が重なるようにぐるぐる回ってよくわかりませんでした。

     最後に見えたのが「澄」という漢字です」



そこで、私は、彼女が見た他の2文字を見てみました。

見えたのは、「心 真」。



なるほど、と思いました。 

『心 真 澄』

私のテーマそのものです。





Aさんの話を聞けば聞くほど、

私の感じている「見えない存在」と似ているのです。


それが「何か」はわからないけれど、

時々、夢の中や頭の中に、

「言葉」や「文字」がメッセージのように浮かぶそうです。


その「言葉」や「文字」を書きとめているそうです。

きっと、何かのメッセージに違いないから、とAさん。



Aさんは、その文字を墨をつかって紙に書くそうです。

書いた書体を見せていただきましたが、

文字によって、まったく書体が違うのです。

Aさん 「同一人物が書いたように見えないと思いますが、

     これは、私が全部書いたものです。

     浮かんだ文字を墨で書いてプレゼントすると、とても喜ばれるんです」

Aさん 「はじめは、ただ墨で書く、、、というだけでしたが、

     紙に四葉のクローバーを見つけて貼ったり、

     友人にはどんどん進化してるね、と言われます」



進化、、、、私の相談も日々、新しい発見があって進化しています。

1ヶ月もすると、まったく見方も方向も変わりします。




今までも、霊感が強い、とか、予知能力があるかも、という人はいましたが、

Aさんの話が一番、私の「見えない存在」に近い、と感じました。

Aさんは何か特別な修行をしたこともなく、

書道も自己流。

だけれど、文字が浮かび、どんな書体かも浮かび、

浮かぶと書かなければ、という使命感に駆られて書く、と。





本当に見た目は、普通の女性です。

でも、世の中には、私たちのような『存在』が『存在』しているのです。




 
自分の思想や行動は、過去のものになります。

自分が何を思っていたか、何をしたか、ということがあなたの過去です。

そして、その過去の先に未来があるのです。



つまり、過去の結果が未来なのです。

過去に何を考えて、何をしたかということが

現在のあなたであり、未来のあなたになるのです。

だから、過去を見れば、未来が想定できるのです。



罪なことを考え、実行し、反省しない過去を持つ人は、

未来において、必ず罰を受けるときがきます。

なのに、過去は見ないで未来を見ようとしていると、

未来は見えないので、勝手な想像や妄想ばかり膨らみ、

「自分はなりたい者になれる」とか思っていたりするのです。

『なりたい者になれる』と信じているから、きっとなれる、と。


過去に犯した罪を忘れ、その報いを受けることを知らないのです。




過去をしっかり見る人は、

なりたい者になりたいのなら、過去の罪を反省すべきだ、と考えます。

罪の報いを受けながら、なりたい者になれるはずがない、と。





 
人は、前を向いて歩きます。

前が見えるかわりに、後ろは見えません。



では、時間を進むときはどうでしょう?

過去は見えますが、未来は見えません。

つまり、後ろ向きに歩いているということです。



つまり、過去をしっかりと見つめながら歩いているはずなのです。

ところが、人は『前向きに歩きなさい』、といいます。

なので、過去を見ないで見えない未来を向いて歩いているから、

つまずいて転ぶ(間違う)のです。



未来をしっかり見て歩いてる。と、いうことを自慢する人もいます。

でも、実際は、未来は見えません。

見えない未来を見ようとして前を向いているので、肝心の過去も見ないのです。



過去をしっかりと見て歩いてる。

そういう人は、信頼できます。

なぜなら、それは本当のことであり、賢い生き方だからです。

 

罪を犯すものは、罰せられなければならない。

と、人は言います。


実際、罪を犯した段階で、その人の人生は暗くなります。

暗さは、迷いをひきおこし、

さらなる罪を引き寄せます。


そうやって、罪を犯すことで、

罪を犯すスパイラルに入っていくので、

ほうっておいても、人生は暗くジメジメしてきます。

そうして、周囲の人も巻き込んで暗い人生を歩ませようとします。



迷いの渦にいることを心地よいと思う人は、いません。

夜は眠れなくなり、

精神的に病気になります。





自然にほうっておいても、

罪を犯せばやがて罰がくだるのです。



暗い人生に巻き込まれたくない人たちは、

あなたを訴えたり、縁を切ったり、するでしょう。

そこには、とても良いご縁もあったでしょう。



罪を犯すのは自然の流れでもあるので、

それを一口に悪い、とは誰もいえません。

でも、それを心から反省する人と、

罪を犯したのは周囲のせい、と開き直る人とでは、

未来は確実に違っていくでしょう。




 

罪を犯す人の話というのは、

本当に暗い話ばかりです。


罪を犯す人自身、そうとうな根暗だということです。


暗い人に関わると、こちらまで気が滅入ります。

「好きな人がたまたま結婚してた。

でも、好きだから付き合ってる」

当人同士は、何とも思っていない場合もあるかもしれませんが、

他人からすると、暗い話です。



「不倫、がんばって」ともいえず、

「不倫は駄目だよ」と助言をしても、かえって反感を買われるだけ。

不倫してることを黙認する側も嫌な気分になります。



罪を犯すときは、最低限、とにかく誰にも知られないようすること。



周囲の誰にも知られなければ罪を犯していい、

というわけではありませんが、

罪を犯す流れに乗り、そこから出られない人もこの世にはたくさんいるのです。


罪は目の前にあります。

チャンスはあなたの後ろにあります。

目の前のことしか見ない人は罪を犯す可能性が高くなります。

実際、目の前のことしか見ない人が大半かもしれません。

と、いうことは、少なからず罪を犯した人は大半いるということです。



罪を犯す人が、罪を犯す人に、

罪を犯してはいけない、とはいえません。

従って、

罪を犯す場合は、(目先のことに飛びつく場合)

誰にも言わずに内緒にしたほうが良いのです。


ある意味、

罪を犯すのも自然の流れの一部、、、、なのです。



 
さらに前記事の続きですが、

お金を結婚にも置き換えられます。


「きみを好きだ。でも、結婚はちょっと待って。

環境が整うまで待ってくれないか」


「きみを好きで結婚の意志はある。

でも、環境が整わないので待ってくれ」

そういわれると信じる人も少なくないでしょう。


でも、いくら待っても何の変化もありません。

「ごめん。環境を整えようと努力してるんだ。

もう少し待って」


これが続くと、

あなたは、だんだんと騙されたんじゃないか?と思うはず。


「きみのことは好きだ。でも、環境が、、、、」





誠実な人なら、こういいます。

「結婚するのは難しい。きみが結婚したいなら、他の人を探したほうがいい」




 
前記事の続きですが、

さらに巧妙になると、


「お金はあるんだけど、今、ひき出せなくて。

1ヵ月後には返せると思う」

という人もいます。


「お金はある。でも、今、手元にないだけ。

だからお金をかして」


こういわれたら、どうします?


「お金はあるんだったら、間違いなく返してくれる」

と、信じる人も少なくないでしょう。



でも、返済日になると、

「ごめん。お金はあるんだけど、まだ手元に入らないんだ。

もう少し待って」


これが何回も続くと、

「騙されたんじゃないか?」と思います。

でも、当人に聞くと、

「騙したつもりはない。本当にお金はあるんだけど、

手元に入らないだけなんだ」と。




さてさて、もしあなたなら、どこまで信用します?



 
罪を犯す人、、、というのは、

基本的に罪悪感をもっていません。

悪気なくやっているのです。

あるいは、していることを正当化しています。



正当化しないとなかなか出来ないものです。

たとえば、「お金を騙し取る人」は、

騙し取っているつもりはありません。

「お金が急に必要だったので、借りただけ。

それを返済しようと思っても、

返済できるだけのお金が入ってこないだけ。

まじめに返済計画も立ててるし、

返済するために、いろいろと考えてるんだけど、

現実が形にならないだけ。

私(ぼく)が悪いわけではない。

だって、返済しようとは思ってる。現実に無理なだけ」


あるいは、

「借りたお金なんだけど、

あなたが大変だったときに助けてあげたからチャラにして」


あるいは、

「あなたのために使ったお金だから、

借りたことにならない」




騙さない人の心理は、こうです。

「借りたら返せなくなるかもしれない。

借りるなら返せると思える額だけ借りよう。」






 

前記事の続きですが、

誰しも一度は、理想的な女性・男性にあこがれて、

そうなりたい、と思ったこともあったはず。


でも、実際、それが合っている人ならいいのですが、

合わない人は、かえって運を落とします。



女子力(男子力)を上げるためにエネルギーを費やし、

本当にしなければならないことがおろそかになる。


女子力・男子力が人生のすべてではないからです。

それが合う人なら無理なく自然に出来ていることでしょう。


無理をしないと出来ない場合は、

合っていない証拠。





もし、仮に、異性が「女子力(男子力)のある人が好き」

と言ったとしても、それは単なる好みです。

美人が好き、イケメンが好き。というのとたいしてかわりはありません。




もし、あなたの子供が、

「女子力(男子力)のある人と結婚したい」と言ったら、

こうアドバイスするのもいいかもしれません。

「逆に、相手の女子力(男子力)のない部分を

支えてあげられる人になりなさい」と。




 
男性が『女性なら出来て当然という9パターン』

(タイトルをクリック!!)

この記事を読んでイラっとした女性は多いはず。



実際、これをこなせる女性の女子力はかなり高いです。



男子「え?料理が上手で字もうまくて、きれい好きで裁縫得意で

   子供好きで、いつも最低限のメイクはしてて、花飾るの好きで

   毎日アイロンがけしてて、お菓子作りが趣味の女性、、、、って、

   当然じゃないの??」

という男性がいたら、ちょっと考えてみましょう。



この女子力を男子力と置き換えると、きっとこうです。

女子「仕事で稼いで字もうまくて、きれい好きで大工仕事が得意で、

   子供を教育して、いつも最低限ヘアをセットしてて、

   車の運転が上手で、地図が頭の中に入ってて、

   庭いじりが好きで、雑学王、、、、って、当然だと思う」



理想を当然だと思って押し付けると、押し付けられる側は反発心が芽生えます。



現実は、

「子育てをしていたらメイクをする時間はないし、

夫の稼ぎが少ないと、花を飾る余裕もないし、

いくら片付けても子供が散らかすし、

共稼ぎだから、料理・炊事・洗濯・掃除すべてに費やす時間もエネルギーもない。

仕事のストレスで何もする気になれない」



「仕事で稼ぎたくても給料は安いし、

仕事で疲れてて子供の教育するエネルギーはないし、

ストレスがたまってるから、休みの日にはパチンコや釣りに行くか、

家でゴロゴロテレビみるかゲームしたい。大工仕事をする気にもなれない。

とにかく、仕事のストレスで何もする気になれない」



女子力・男子力を上げるには、

人間関係(夫婦・子供・両親・親戚・仕事仲間・友人、、、など)

のストレスが全くない、と仮定した場合は、可能だと思います。


でも、現実は、人間関係のストレスで疲れ果て、

女子力・男子力を上げる余裕はないはず。





だからこそ、お互いをいたわりあい大目に見て、

出来ることは自分でする努力が大切なのです。







 
欲望には、善と悪があります。



たとえば、目立ちたがり屋を嫌う人がいます。

目立ちたい、、、という思い自体は悪いものではありません。

目立たなければ、人にアピールすることも出来ません。

ひっそりと野に咲く花のように目立たない生き方だけが、

素晴らしい生き方ではありません。



皆のために目立たなければならない人もいます。

つまり、看板娘や広告塔もこの一つです。

シンボル化された人たちも目立たなければなりません。

『平和を願う人々』も目立たなければなりません。




では、悪の目立ちたがり屋とはどういった人?

目立つことで周囲に気を遣わせたりストレスをかける人。

トラブルを起こして目立とうとする人。

犯罪をおこして目立とうとする人。




「自分はこんなに大変なんです」と言うことで、

周囲に気を遣わせたり、ストレスを与えるのは悪意です。

でも、

「自分はこんなに大変なんです」と言うことで、

周囲に何らかの気づきを与えるのは善意です。




たとえば、自分の弱い部分を隠して生きると無理がかかります。

自分の弱い部分をさらけ出して、

あえて人に気を遣わせようとするならば、

さらけ出さないほうが良いでしょう。


でも、弱い部分をさらけ出して、

同じような境遇の人を救おうとするならば、

目立たなければなりません。



すべての人が無理のない生き方をすれば、

「平和」につながります。

無理をするから争いが起こります。

病気になります。



無理のない人生を歩める世界にするには、

お互いの弱い部分を理解して受け入れ、

お互いを支えあえばいいのです。

たとえば、体は丈夫だけど、実行力の無い人は、

体が弱いけど、実行力のある人と支えあえば、

理想的な関係が築けるでしょう。




 

自分の実力以上のお金を得ると、運を食う。

そうかもしれません。


自分の実力以上のものを得ると、運を食う。

つまり、運をなくす。


逆に、実力以下の収入の場合は、運を貯める。

実力以下のもので我慢していると、運を貯める。



そう考えると、

今、収入が見合わない人は、運を貯めているので、

やがて実力以上の収入を得るときがくる。

そして、少しずつ運を食べると、

やがて実力と収入が等しくなる。

そのままキープすれば、金銭的には問題ない人生が送れるということ。



実力以上の収入を運を貯めずに得た人は、

やがて、全財産を失うことになる。



金銭的に苦しい経験をしたことがない、という人。

実力以上の収入を得ていると思う人は、

ラッキーなのではなく、

不幸への道を着実に歩んでいる、、、、ということかもしれません。




 
人は、誰もが弱い部分をもっています。



体が弱い。

頭が弱い。

愛する力が弱い。愛を受け取る力が弱い。

許す力が弱い。

信じる力が弱い。

分析力が弱い。

想像力が弱い。

計画力・構成力が弱い。

肯定力が弱い。

行動力が弱い。





必ず、どれかは当てはまるはず。



たとえば、

信じる力が弱い人が、体の弱い人を見下していたらどう思いますか?

想像力が弱い人が、行動力が弱い人を馬鹿にしていたらどう思いますか?




お互い弱い部分を受け入れあってこそ、

生き易い世界が出来るのです。





 
これは、ある意味とてもわかりやすい。


『日本国憲法を口語訳してみた。』 訳者不明




俺らはちゃんとみんなで選んだトップを通じて、

うちらのそのガキのまたガキのために、

ご近所さんと仲良くして、みんなが好きなことできるようにするよ。

また戦争みたいなひどいことを起こさないって決めて、

国の基本は国民にあることを声を大にして言うぜ。

それがこの憲法だ。

そもそも政治っていうのは、俺ら国民が政治家を信頼して

力を与えてるものであって、本質的に俺達のものであるんだ。

あれだ、リンカーンの言った

「民衆の民衆のための民衆による政治」ってやつ。

この考え方は人類がみんな目標にするべき基本であって、

この憲法はそれに従うよ。そんでそれに反するような法律とかは認めないぜ。

俺らはやっぱ平和がいいと思うし、人間って本質的には

ちゃんとうまくやっていけるようにできてると信じるから、

同じように平和であってほしいと思う外国を信頼するぜ。

その上で俺達はちゃんと生きていこうと決めたっちゃ。

平和を守って、奴隷制度みたいな酷いこととか、

偏見とか差別をなくそうとしている世界の中で

ちゃんと活動したいと思うのね。

名誉ある地位っていうかさ、かっこいいじゃん。

その上で声を大にして言うよ。

「全世界の人は、みんな、なににも怯えることなく、

飢えることもなく、平和に生きる権利を持っている」ということだ。

この理想は俺達の国だけじゃなくて他のあらゆる国にも通用するもので、

このことを守ることは各国の義務だよ。





なんだか、笑えますが、

内容はとてもわかりやすいですよね??




 
体調が悪い人は、何もしない、、、、というと、

そうではありません。

体調が悪いなりに無理をしない程度に、

悪意の強い人で無い限り、

普通は、仕事や勉強をします。



悪意の強弱は、体調の強弱とは無関係です。



体調がいい人でも、悪意の強い人はいるし、

もちろん、体調が弱くて悪意の強い人もいます。



体調が弱いだけ、、、という人が、

生き易い世界を築く必要はあります。







今は、正直なところ、

体調が悪い弱いというだけでは、

「怠けている」というレッテルを貼られるだけで、

なかなか気遣ってはもらえません。



気遣われるのを期待せず、

自分の体は自分で守ることが必須です。




無理をしなくていい仕事や物事を見つけて、

そういう環境を作ること。

精神の強さが求められます。



でも、体調が悪いと、精神的にも弱くなりがちです。

気分が落ち込んだり、イライラしたり。





ずっと先の未来に、

「ずっと昔は、

体調の悪い人も無理して生きていかなきゃいけない世界だったんだって」

といえる時代が来ることを祈りつつ、、、、、。




 
人の体調を気遣うほど余裕がない、、、。

これこそ、危険信号です。



「体調が悪くても無理してもらわなければ、やっていけない。」


そういう体制や環境を作っていること自体が危険です。



体の弱い子が生まれてきては困る。


体調が悪くても、

無理して仕事をしてもらわなければ困る。


体調が悪くても学校に来て授業を受けてもらわなければ困る。



体調の悪い人が生き難い世界。

体調が悪いことが言いにくいし、通じない世界。

体調が悪いこと自体が負け犬であるかのような世界。



体調管理をすればいい、というのは、

もともと健康な人のための言葉です。




もともと体が弱くても、

一見、五体満足だし、これといった大病もしていないし、

普段は健康そうにみえます。


健康そうに見えるだけで、

実は、本人のたゆまぬ努力でもって健康そうに見せてるだけなのです。



その上に、無理をすることが当たり前のように言われたら、

あなたなら、どう思うでしょう?




 
人によって体調や体力は違います。

当たり前といえば、当たり前な話。



親は子に「健康であってほしい」と思います。

社長は従業員に「健康であって欲しい」と思います。

先生は生徒に「健康であってほしい」と思います。



これがいつしか、

「健康であるはずだ」という思い込みになります。



他の人がそうであるように、

「健康なはず」と。



なので、親は、自分の子供が「しんどい」というと、

怠けている、と思います。

社長は従業員がさぼっていると、

怠けている、と思います。

先生は生徒がだらだらしているのを見ると、

怠けている、と思います。



でも、ちょっと待ってください。

彼らは本当に怠けているのでしょうか?



体調が悪いのでは?、、、と、考えられないでしょうか。



彼らが「体調が悪い」と言っても、

怠けたいから言ってるのだろう。と、思っていませんか?



体調こそ、気遣ってあげなければ、

病気に追い込むことになるかもしれません。

なのに、意外と人は、

「人は健康である」という思い込みのもとで考えています。



病院にいっても、異常なしと診断されるから、

「健康だ」と。

病院は、病気を見つけて治療する場所であって、

体調の悪さを見つける場所ではありません。


体調の悪さは、無理をすると病気になる、というシグナルです。



自分は体調が悪くても、

子供は、従業員は、生徒は健康だ、と、思い込んでいませんか?



いえ、自分自身のことですら、

自分は健康だ、と思い込んでいませんか?



自分の体調に気遣うことの出来る人なら、

人の体調も同じように気遣ってあげれるはず。



人を自分の都合の良いように動かしたい、

という思いの強い人ほど、

人の体調に疎くなる、、、、のかもしれません。




もしかしたら、体調が悪いのでは?




このちょっとした心遣いが、

相手の病気を未然に防ぐかもしれません。

無理をさせない選択肢が、

未来を変えるきっかけになることもあるのです。




 
愛猫のココ丸の入院からはや2週間。

3日入院の予定が、

あまりになくので「つれて帰ったほうがいいかも」という話になり、

一晩泊まって翌日から家で療養。



昨日まで、飲まないし食べないしで、

無理やり口の中に押し込んでいたのですが、

今朝、久しぶりに「ごはん食べたい」と。



固形えさは、まだ食べれないのですが、 

柔らかいえさならなんとか自力で食べれるようになりました。



やれやれ、やっと一安心です。




 
「悪役診断メーカー」、、、。

それって何?と思って診断してみた。


 

『あなたは皆の前では良い人として振舞うタイプ。

桃色の服で、隠し持つ特殊な性癖が特徴です。

主人公と特別な繋がりがあるようです。

悪役適正値は42です。』
 


なんだか、面白い、、、、。

特殊な性癖って、、、(-o-;)

※性癖とは、生活スタイルに根ざした偏った行動のこと。


特殊なくせ(思想)を持っている、と診断された。

意外にあたっているかも、、、、、。





http://shindanmaker.com/172293


診断してみたい方は上のURLをクリック!!


話のネタになるかも???




 
amazonにて、予約受付開始です!!



「愛の伝言 心迷うあなたへ」

発売されたら、表紙の画像や中身クリックも出来るようになると思います。


人生相談から得たことを、凝縮した1冊です!


心をこめて書かせていただきました。

人生についての考え方の参考になれば、、、と思います。



読んでいただけたら、とても嬉しく思います。




アマゾンからの予約はこちらから
↑↑↑↑↑ クリック ↑↑↑↑↑↑



 
先人の偉人たちを神とあがめ、

後世において彼らの考えを宗教化する人たちがいます。



偉人たちは、みな、真理について語り、

世界の平和を心から望み、

自分たちの思想をこの世に残そうと努めます。



その彼らの純粋で美しい思想を、

後世の者が利用し、

宗教化し、

異形なものへと変貌させる、、、、。

本当に残念な話です。



何千年も前から、

人々は同じことを繰り返しています。

古代の偉人の思想は、

どれだけ、純粋な形で語り継がれているでしょう。



そして、何十年か前の偉人の思想ですら、

同じように宗教化され、

真理の言葉はゆがめられています。



それは、まるで、

美しい泉に、ヘドロを投げ込み、

「この水を飲むとおいしいですよ」と、

人々に言いふれてまわっている様と同じです。



私たちは、

真理の言葉だけを聞き入れなければ、

ヘドロの毒にあたり、

死んでしまいます。



この世に必要なのは、

宗教ではなく、

真理です。




信じるべきは、

宗教ではなく、

真理なのです。




 
私たちは、大まかに4タイプにわけることができます。



タイプAは、

物事を長期的にイメージして考えて行動する人。


タイプBは、

目先の物事に過敏に反応し、

その時の思いつきで行動する人。


タイプCは、

自分の妄想の世界と現実の区別がつかず、

妄想を現実にするために行動する人。


タイプDは、

社会的な接点を持たず、

自虐的もしくは周囲を巻き込んで破壊するために行動する人。




タイプAの人は、

周囲にあわせて行動できます。

人にあわせることが普通だと思っています。


タイプBの人は、

人にあわせたくないと思っています。

人を理解しようと努力はしますが、的がはずれています。


タイプCの人は、

自分以外の人に興味がありません。

人は、自分の妄想を叶えるための道具にしか考えていません。


タイプDの人は、

自分にも興味がありません。

人間の存在自体を悪だと思い、破滅することしか頭にありません。









 
私たちを導く「何か」が存在します。

その「何か」は、意志をもっています。

それをなんと呼べばいいのかわかりません。


人を導く「何か」。

動物を導く「何か」。

会社を導く「何か」。

家族を導く「何か」。

日本を導く「何か」。

人が二人以上集まってご縁があれば、そのご縁を導く「何か」。

地球を導く「何か」。



この「何か」を、人は「神、天使、守護霊、指導霊、ハイアーセルフ、、、、」

というふうに呼ぶのでしょうか。



この「何か」は、すべてを見抜き、

何をどうすればいいのかを知っているようです。


個人レベルには個人レベルの「何か」。

家族レベルには家族レベルの「何か」。

社会レベルには社会レベルの「何か」。

国家レベルには国家レベルの「何か」。



もし、あなたが独りで生きていて、誰とも関わらないのであれば、

個人レベルで考えて行動しても問題はありません。

でも、もし、あなたが誰か一人でも関わるのならば、

そこには、二人の関係を導く「何か」が存在するのです。

二人レベルで考えて行動せねばなりません。



もし、あなたが事業を立ち上げたとしたら、

その事業を導く「何か」が存在します。

それが、たとえ個人事業であっても、です。

何一つとして、あなたの思い通りにしてうまくいくことは、

この世にはありません。


その「何か」の意志に添うように努力してこそ、

うまくいくのです。



あなたの独りの世界、

つまり妄想や夢の中では、

あなたはなりたい者になれるし、したいことができます。

でも、一歩、人と関わる世界へ出ると、

個人レベルで考えて行動すると、すべてがうまくいかなくなります。



たとえば、

風船の中にあなただけがいる場合、

あなたが行きたいところに風船はついてきます。

けれど、風船の中にあなたと誰かがいた場合、

二人が同じ方向へ進まないと、

風船は動かないか、もしくは、二人が反対方向へ無理して行こうとすると、

割れてしまいます。



風船の中にあなたとあなたの大事なお客様がいる場合、

皆が同じ方向に進まないと、

簡単に割れてしまいます。



中に入る人数が増えれば増えるほど、

必ずリーダーが必要になります。

そうでないと、バラバラでまとまらず、

風船はいとも簡単に割れてしまうからです。

リーダーは選ばれます。

実は、このリーダーを選ぶのは、誰でもない、

風船なのです。

風船に意志がある。

そう考えるとわかりやすいと思います。


つまり、意志をもった風船の中にいる、、、、と、

想像してください。



 
topics.jp.msn.com/onna_blog/other/article.aspx

「あなたは大丈夫?FB依存症の痛すぎる実態」


上記のURLのコラム、「その通り!」と力強くうなずいた私。



子供がゲーム依存症になるように、

大人はFB依存症になる、、、可能性大。


FBって、みょ~な空気感があるような気がするのは、私だけ?



依存症になりかけてる人は、そろそろ目を覚まさないといけないかも??



 
まもなく本が刊行されます。

6月です。



人それぞれ表現方法があります。

絵で表現する人。

写真で表現する人。

ダンスで表現する人。

歌で表現する人。

楽器で表現する人。

料理で表現する人。

文章で表現する人、、、、、など。



表現者はごまんといます。



それぞれが得意とする分野で精一杯の力をだして表現します。



本を出すのは、伝えたいことがあったからです。

本は、伝えたいことを伝える手段です。

伝えたいことを伝えたい相手に伝えることが目的です。

買ってもらうのが目的ではなく、

読んでもらうことが目的です。



日本にいる私とご縁のある人に読んでほしいのです。

からだは一つなので、日本中にいるご縁のある方と出会うのは、

物理的に無理です。

でも、本なら、私の分身の本なら、ご縁のある人とつながれる、、、、。



私の本を通じて、多くの人が集うといいな、、、とおもっています。

そんな内容の本なのです。

建物でたとえると、会場やホールのような感じ。

でも、1対1で、お話してる気持ちで書いてるので、

狭い場所のような感じもします。




多くの人にとって私の本が、

生きるって何?

愛って何?

命って何?

と、語り合うきっかけになればいいな。



日々を雑然と過ごしてる中で、

ちょっと立ち止まって考えてみる、、、、そんなきっかけになればいいな。



悩みを抱えてる人が、

こういう考え方もあるんだ、、、と参考にしていただければいいな。


 
私の予知は、気が長い予知です。

今、苦しい思いをすることで、

未来に良いものを引き寄せるための「予知」です。



先に苦いアドバイスをするので、

それを聞き入れてもらうのが大変難しい。


でも、ツキを呼ぶには、この方法しかないのです。



相談者 「え?それはできません」と言われる方も多いものです。

相談者 「今、おいしい思いをしたいのです」そう考えているからでしょう。



ツキを呼ぶには、気長な努力が必要なのです。

何の努力もなしでツキを呼べるなら、

誰もがそうしているでしょう。



苦労するなら、それがツキにつながっていて欲しいと思いませんか?

ツキのない努力をしたいと思いますか?




「ツキ」、、、なんてまた怪しい、、、と思う人もいるとおもいますが、

運・不運は、偶然のたまものでしょうか?

たまたま運があった、たまたま運がなかった、、、

そういうものでしょうか?

人生不確かで不安定でつねに危険と背中合わせだとしたら、

生きた心地がしないとおもいます。

これでは、いつ精神障害になってもおかしくありません。



この世にはツキがあり、ツキを呼ぶことができると信じれば、

生きていることにむなしさを覚えることはないでしょう。






 


「こっちのほうが良いよ」と言って、

その言葉を聞いてくれる人はいるでしょうか?

たまたま相手が同じように思っていてくれたら、

聞いてくれるでしょうけど、

相手が逆のことを考えていたら、

100%聞いてくれません。




私の感じる予知があたらないこともあるって考えたことない?

間違うこともあるって思わない?

これは、私の中の葛藤です。

つねに葛藤しています。



しかも、私の予知は、先の長い予知なのです。

どういうことかというと、

目先に起こる良いこと悪いことの予知ではなく、

何ヵ月後、何年か後、あるいは何十年か後にあらわれる良いことを

引き寄せるための予知なのです。



本当に先の長い話なので、

よりわかってもらいにくい、、、という悩みがあります。



今が苦しくて、今を変えたいご相談者さまにとっては、

私のいうことを理解するのは本当に大変だとおもいます。



なので、何度も何度も足を運んでいただいて、

何年もかけてお付き合いをさせていただいたほうが、

私にとっても、ご相談者さまにとっても良い話になると思っています。





目先の良いことは長続きしません。

たいていその場限りです。

賢い人なら、

最終的によかったという人生で締めくくることが本当の幸せだということを、

知っているはずです。




単純にたとえると、

先においしいものを食べておいて、

最後にまずいものを食べるのがすきか、

それとも、先にまずいものを食べておいて、

最後においしいものを食べるのがすきか、ということかもしれません。



若いうちにおいしい思いをして、

年老いて苦い思いをするか、、、それとも、

若くて元気なうちに辛い思いをして、

年老いておいしい思いをするか、、、



 | BLOG TOP |  NEXT»»


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。